その時は、突然訪れた。
君にも。
僕にも。
あなたにだけは、
知られたくなかった。
「す、昴さん・・・あの・・・」
君の声で我に返った。
一気に羞恥心に煽られた身体にできることは、
手身近にあったタオルを纏い、一刻も早くこの場を立ち去ることのみ。
その行動は途中までは成功した。
そう、成功しかけたのに。
今の僕は君の腕の中。
「ごっ、ごめんなさい・・・でも・・・」
戸惑う君の声。
背後から抱きしめられていることで、
顔は見えないけれど、
君のことなら手に取るように解かる。
「・・・・・。
昴は理解している・・・。
今のこの状況はとっさの行動によるものだ・・・と。
解かっているから、離してくれないか」
ため息混じりに告げた言葉は、
ぶんぶんと音を立てる勢いで振られた頭で拒否される。
「できません。
だって、昴さん、離したらどこかに行ってしまいそうで・・・」
・・・。
全く。
こんな時に限って勘がいい。
「いい年をした男が「だって」なんて言うもんじゃない」
なんとかそう言えたのは僕の意地。
いずれは知られてしまうことだった。
しかし、それはまだ先のことであって今ではなかったはずだった。
覚悟をしきれていなかった。
この九条昴ともあろう者が。
「君には知られたくなかったよ、まだ」
どれほどの沈黙の後だっただろう。
自分でも驚くほど苦々しい声が出た。
「昴さん・・・」
耳に心地好い君の声。
まだ、もう少しだけ。
僕をただの九条昴として見て欲しかった。
それ以上でも、それ以下でもない、この僕を。
そう。
僕はまだ夢を見ていたかったんだ。
きっと知ってしまったら君も僕から興味を無くす。
それが何よりも怖かったから。
君が僕から離れるなんて考えたくもなかった。
だから・・・。
「ばかですか!!」
怒鳴られてはっとした。
僕はいつの間に口に出して・・・。
動揺はうまく隠せなかった。
思わず身じろいだひょうしに君の腕の中で反転させられた僕の身体は、
今度は正面から肩を抱かれていた。
「昴さん、ぼくは何も変わりませんよ」
諭されるようなその言葉に、
はじかれたように顔を上げた。
あぁ、君の瞳の中の僕は何て情けない顔をしていることか。
「信じてください。
ぼくは何も変わらない。
昴さんは、昴さんです。
これまでも、これからも、ぼくの一番大切な人です。」
どうして。
どうして君は、僕が一番欲しい言葉をこうも的確に言うんだ。
・・・期待、
してしまうじゃないか。
君なら、
あるいは・・・と。
「君は心が読めるのかい?」
何故か君の顔を見ていられなくて、横を向いた僕。
顔が寄せられた髪に君の笑みを感じた。
「はい。
おそらく、昴さん限定で。」
よく言う。
でも。
信じて見るのも悪くないかもしれない。
そうだ。
騙されていたって、
でまかせだって、
かまわない。
こんな考え、
今までの僕には決して考えられないことだけれど。
他ならぬ君になら。
喜んで道化を演じよう。
演じてみせるよ。
君の腕の中にいられるなら、何だってできる。
そう心に決めたら、
なんだか気持ちも身体も軽くなった気がした。
今なら、できるだろうか。
これまでためらってきたことを。
戸惑いもそのままに、君との距離を一歩縮める。
たったの一歩。
けれど、今まではできなかった、僕からの一歩。
拒まれたらどうしよう。
ずっと危惧していた考えはすぐには頭から離れないけれど。
でも、決めたから。
「信じるよ」
耳元で放った小さな声。
でも、君には伝わったのだろう。
僕が欲しかったぬくもりがすぐに与えられたから。
どれほどこうしていただろう。
この状態は幸福の極みだけれど、
いつまでもこうしてはいられない。
今度は自分の意思で、
君を見る。
「さて、と。
この僕をバカ呼ばわりした代償は大きいよ?
覚悟しておくんだね、新次郎」
君を見上げた僕は
いつものように不適に笑えたかどうか。
自分では自信がない。
でも・・・。
「やっぱり、昴さんはこうでなくちゃ!」
君があの笑顔でそう言うから。
少しだけ自信を持ってもいいだろうか。
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初の新昴SSでした。
ひとえに昴さんへの愛とおばかで愛くるしい新次郎への想いからできた産物。
へたれでもやるときはやるんです。
たまに主導権をとられちゃって戸惑う昴さんが大好きです。
とられても最後はとりかえすのが判るからなお好き。
新昴は今一押しCPなので、これからも書いていけたらと思います。