その電話は突然だった。
しかも、時刻はもうすぐ日付が変わろうとする頃。
こんな時間に誰だと思いつつ液晶画面に目をやると、そこには誰よりも愛しい人の名。
まさかあいつがこんな時間にかけてくるなんて思いもしなかったから。
らしくなく少しあわてて通話ボタンを押した。



もっと、声を聞かせて。




「はい」
「あ、ヒノエ君? 私、望美だけど…」

あいつにはあわてた格好悪い所なんて見せたくないから努めて平静さを保った声を出したが…
どうやら上手くいったみたいだな。
まあ、このオレがこの手のことでヘマをするはずがないけどね。

「望美?こんな夜更けに電話をかけてくるなんて、珍しいね」
「うん、ごめんね、もう寝てた?」
「いいや、今宵の月があまりにもきれいだから月見酒と洒落込んでいたんだよ。」
「そっか、寝ているのを邪魔したらどうしようって思っていたんだけど、よかった。」
「最愛の姫君からの電話ならいつだって大歓迎だけどね。で?どうしたんだい?」

いつもより元気が無いのはたとえ機械越しでも声を聞けばわかった。
それだけの時間と思いをオレ達は共有してきたから。

「うん、なんだか眠れなくって。ヒノエ君の声が聞きたくなったの…。」
「うれしいこと言ってくれるね。
なんなら、声だけなんて寂しいこと言わずに今からそっちに行ってやろうか?」
「もうっ、ヒノエ君ったらそんな冗談ばっかり言うんだから。」
「冗談じゃなく、本気で言ってるんだけど?」
「え……えぇ!?」

なんだ。やっぱり冗談だと思っていたのか。
オレはいつだって本気で言ってるのに。
でもお前らしいといえばらしいかな。
こんな鈍さも愛しいなんて、他のどの女にだって思ったことなんてなかった。


「そんなに驚くようなことかい?」
「で、でも!夜も遅いし…」

ふふ、困ってる。かわいいな。
もう少しからかっていたいけれど、姫君を困らせるのはオレの本意じゃないんでね。
この辺でやめておこうか。

「本当ならすぐにでも逢いにいきたいところだけれど、今日のところは我慢してやるよ。
それなら、姫君が寝付くまでこうして話をしていようか。」
「えっ…いいの?」
「一日の終わりに姫君と話ができるのも役得のうちってね」
「我侭言ってごめんね。でもこんなことヒノエ君にしか頼めなくて…。
ありがとう、ヒノエ君。」

あぁ。わかってないなぁ、望美は。
他のやつらだってお前からの電話なら喜んでとるだろうってのに。
でも、何よりもオレを頼ってきてくれたことがうれしかったから。
他の誰でもない、このオレを選んでくれたことが。
これはオレだけの心の中に…。



しばらくすると規則正しい息遣いが聞こえてきた。
「…望美?」
試しに愛しい名を呼んでみる。
返事がないのは承知の上だけど…やっぱり少し寂しいな。
まだ繋がっている電話を切るのは忍びないけれど、しかたない。

おやすみ、オレの姫君。
どうかよい夢を。
そして、目が覚めたらその声を聞かせて?
オレだけに、他の誰よりも、もっと…。






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初ヒノ望SSです。
大団円EDの後、八葉が現代に残った後の話、もしくは現代パラレルといったところでしょうか。
とにかく、電話は存在しないと話が成り立ってくれないので(笑)
初めてのジャンルで苦戦もしましたが、書いていてとても楽しかったです。
ゲーム中のような甘々なヒノエ君を目指しましたが…果たしてうまくいっているのやら。
書いている本人は、ヒノエ君の激甘に病みつきになりそうですが(笑)