「なぜ君がそんな表情(かお)をするんだ」

今にも泣き出しそうな元副官の頬に手を添える。
通常の彼女なら逃れるこの手の行為だが、
すんなりと彼女に触れることができた。



信じていればこそ。



「なぜ…?」


やっとのことで搾り出したのだろう、
これほど距離を詰めていなければ聞こえないほどの小さな声。


「リザ?」


それきりまたうつむき黙ってしまった彼女の顔を覗き込もうとした瞬間
彼女が顔を上げた。


「何故というんですか!あなたが!」


まっすぐに自分に向けられる怒り。
それなのに彼女の濡れた瞳を見て息を呑む。
思わず抱きしめてしまっていた。

言うと決めた時から予測していたことだ。
彼女がどのような思いを抱くのか。
彼女にどんな表情をさせてしまうのか。
だが、私はわかったつもりでいただけなのかもしれない。
彼女のすべてを、わかりきったつもりで…。


「君が降格したわけではないんだ。
それにこれは上層部からの命ではない。
私の意志だよ」

「准将っ!」

「もう准将ではないよ。
ホークアイ中尉?」

「っ!しかし!再入隊などと、
どうして!!!」


黙ったまま指先に触れた水滴を拭うと、
その手に彼女の手が添えられた。
頬と手の暖かさが私の手にぬくもりをあたえる。
抑えていた感情を表に出したことですっきりしたのだろうか、
幾分か冷静さを取り戻した声が再び発せられた。


「わかっているんですか?
私は、私達はついてはいけないのですよ?」

「もちろん、わかっているさ。
それでも、もう一度自分の目で確かめてみたいんだ」

「なにも、錬金術の使えない今でなくても…」

「いや、今だからこそだ。
錬金術に頼らないこの状況下で、
一兵士としてこの国を見たいんだ」


こんな足りない言葉で納得してくれるだろうか。
言いたいと思っていることをうまく表現できない、
言葉にのせることができないのはひどくもどかしい。
しかし、不安と同時に確信も持っていた。
彼女なら理解してくれるという確信。
長年共に歩んできたからこそ持てるもの。


「…ついていきたいといっても無駄なんですね」

「当たり前だ。君にはここでやるべきことがあるだろう?」

「ですが…!」

「それに、中央を監視してくれる信頼できる人物がいれば、
私が戻るまで安心だろう?」

「戻ってくると?」

「君は私を誰だと思っているのかね?
たとえ錬金術が使えずとも元の地位に返り咲きすることなど朝飯前さ」

「………。
あなたらしいですね」


やっと彼女が微笑んだ。
そうだ、
ずっとこの表情(かお)を、
笑顔を見たかった。


「リザ。
待っていろとは言わん。もし…」


しかし、次の言葉を言う前に口に指先が当たり遮られた。


「何を今更なことを。
戻ってくるまで待っていますよ?
ついて来いといったのはあなたです。
ちゃんと責任は取ってもらいますから、そのおつもりで。」


彼女から正面きって言われたのは初めてだった。
そうか、彼女は覚えていてくれたのか。


「…そうか、はは、君にはかなわないな」

「あら?今頃気づいたんですか?」


いや、はじめからわかっていたさ。


話している間にも刻一刻とその時は近づいていた。
ここを、
どこよりも居心地の良いこの場所を離れる時が。


「では、私はもう行くよ。」

「どうか、お体に気をつけて。」

「あぁ、リザも元気で。」


彼女へ向けた背に、確かに届いた微かな声。

「いってらっしゃい、ロイ・マスタング」


そうだ、ここが私の帰るべき場所だったな。
いつかその時まで。

いってくるよ、リザ。



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映画前情報による捏造でした。
今回はリザに「いってらっしゃい」と、
ロイの名前を呼ばせたかったためだけに書いたようなもの。
祝・初名前呼び〜。
しかし、リザにロイと言わせるのは勇気が要ります。
なにより書いてるこっちがはずい…。
まだ当分階級呼びは続きそうです。
とにかく慣れだ!

慣れ…るかな…。

訂正:
映画のキャラクター紹介のところに
「一時は准将までのぼりつめるものの…」とあったので、
ロイの階級を大佐から准将に変更。
でも、正直、私は「准将」のよりも「大佐」の響きの方が好きです。